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和歌山地方裁判所 昭和48年(わ)185号 判決

本店所在地

和歌山市黒田一二番地

法人の名称

株式会社 東洋精米機製作所

代表者の住居

和歌山市植木町五番地五八号

代表者の氏名

雑賀和男

本籍

和歌山市太田五七九番地

住居

同市植木町五番地五八号

職業

右会社代表取締役

雑賀和男

昭和六年三月三日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は検察官宮越健次出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

一  被告人株式会社東洋精米機製作所を罰金一〇〇〇万円に処する。

二  被告人雑賀和男を懲役五月に処する。

被告人雑賀和男に対し、この裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予する。

三  訴訟費用の二分の一は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社東洋精米機製作所は、和歌山市黒田一二番地に本店を置き、精米機等の製造販売を営業目的とする資本金三〇〇〇万円の株式会社であり、被告人雑賀和男は同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統轄していたものであるが、被告人雑賀和男は同会社の業務に関し、実弟雑賀慶二及び同会社総務課長大畠耕治らと共謀の上、法人税を免れようと企て、

第一  昭和四四年四月一日から昭和四五年三月三一日までの事業年度において、所得金額が一五三六万三九七七円で、これに対する法人税額が四七七万四三〇〇円であるのにかかわらず、公表経理上売上収入の一部を除外してこれを架空名義の銀行預金等にし、不正な手段、方法を弄して所得を秘匿したうえ、昭和四五年六月一日和歌山市湊通一丁目一番地所在の和歌山税務署において、同税務署長に対し、所得金額が八八八万六九八七円で、これに対する法人税額が二五〇万七四〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出しもって不正の行為により同事業年度の法人税二二六万六九〇〇円を免れ

第二  昭和四五年四月一日から昭和四六年三月三一日までの事業年度において、所得金額が四七四四万一四七五円でこれに対する法人税額が一六七六万三三〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正な手段、方法により所得を秘匿したうえ、昭和四六年五月三一日前記和歌山税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一一四七万六二三六円で、これに対する法人税額は三五四万六二〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度における法人税一三二一万七一〇〇円を免れ

第三  昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一までの事業年度において、所得金額が五〇三六万五〇〇七円で、これに対する法人税額が一七七八万〇六〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正な手段、方法により所得を秘匿したうえ昭和四七年五月一日前記和歌山税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三七九〇万七九〇二円で、これに対する法人税額は一三二〇万二二〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税四五七万八四〇〇円を免れたものである。

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人雑賀和男の当判廷における供述

一  第一八回公判調書中の被告人雑賀和男の供述部分

一  被告人雑賀和男の検察官に対する供述調書一二通

一  被告人雑賀和男の大蔵事務官に対する質問てん末書二通

一  証人雑賀慶二の当公判廷における供述

一  第四一回ないし第四七回公判調書中の証人雑賀慶二の各供述部分

一  第二四回ないし第三二回、第三八回、第三九回公判調書中の証人小畠需の各供述部分

一  第五二回公判調書中の証人雑賀富弘の供述部分

一  長広仁蔵作成の鑑定書及び証人長広仁蔵に対する当裁判定の尋問調書

一  雑賀慶二(一五通)、大畠耕治(検甲第六六号ないし第七〇号、第七九号)、西岩雄、上本羊子(検甲第八二号、第八三号((抄本)))、岡重子、(二通)、雑賀信男、田村昌弥、田中昌吉、滝本敏彰、大掛勝之、磯式郎(検甲第九二号、第二三五号)、宮本昌和(二通)、松浦一歩、宮本高敏、須賀院良蔵、橘弘由の検察官に対する各供述調書

一  大畠耕治、上本羊子、磯式郎、田村昌弥(検甲第一〇一号抄本)、滝本敏彰、田村茂、喜田元興門、甲谷洋康、渡辺和三、横山勲の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の国税査察官調査書

一  大蔵事務官作成の現金預金有価証券等現在高検査てん末書

一  三和銀行南和歌山支店支店長木村一文(二通)、同支店長代理岸本茂男(二通)、同支店津田孝(二通)、同取引先係前野清、三井銀行和歌山支店支店長五味謙武(五通)、同預金係高木博(二通)、興紀相互銀行東和歌山支店支店長橋本悦次郎、同平松厚徳(二通)、同銀行太田支店支店長代理的場勇司(二通)、協和銀行和歌山支店長中川昭吾(二通)、同銀行支店丹羽忠弘、同銀行本店営業部部長代理岩橋敏夫(二通)、第一勧業銀行和歌山支店支店長杉幸夫、紀陽銀行東和歌山支店次長永井敬造、同銀行取締役本店営業部長有本寿、東海銀行上野支店支店長中島昭二(二通)、三井銀行上野広小路支店次長竹中秀夫、三井銀行本郷支店次長田中進、紀陽銀行東京支店副長山本広、三和銀行泉佐野支店新庄孝行作成の各確認書

一  三和銀行南和歌山支店津田孝、興紀相互銀行東和歌山支店柏木元、和歌山相互銀行本店営業部係長楠本英伸の大蔵事務官に対する各供述書

一  紀陽銀行東京支店普通預金係宮本博史、三和銀行名古屋駅前支店支店長代理泉寛治、紀陽銀行橋向支店支店長代理稲垣弘能の各照会回答書

一  和歌山地方法務局登記官作成の被告会社の登記簿謄本

一  被告会社の定款

一  押収してある預金明細メモ一綴(昭和五二年押第七九号の一)、〈秘〉大学ノート四冊(同押号の二の一ないし四)B分ノート二冊(同押号の三の一、二)、解約済普通預金通帳八一冊(同押号の四の一ないし四、同押号の五の一ないし三三、同押号の六ないし四四)、普通預金通帳二三冊(同押号の七の一ないし一九、同押号の八の一、二、同押号の九の一、二)、使用済普通預金帳一冊(同押号の一〇)、解約済普通預金元帳二八枚(同押号の一一の一ないし二八)、請求書、納品書、売上伝票一綴(同押号の一三)、請求書、売上伝票綴一綴(同押号の一四)、売掛帳一綴(同押号の一五)、無題ルーズリーフ一綴(同押号の一八)、領収書控一冊(同押号の二九)、代金取立手形受付簿一五冊(同押号の三八の一ないし一五)、特許収入計算書一綴(同押号の三九)、領収書、請求書一綴(同押号の四〇)、契約書一綴(同押号の四二)、無題ノート一冊(同押号の五六)

判示第一の事実につき

一  被告会社の法人税確定申告書謄本(検甲第一二号)

一  押収してある裏預金一覧メモ一枚(昭和五二年押第七九号の一二)、売買契約書写三綴(同押号の二一、二三、二六)、証券売買報告書二綴(同押号の三〇の一、二)、第九期補助簿一綴(同押号の三一)、不動産売買契約書関係書類一綴(同押号の三二)、契約書一綴(同押号の四二)、不動産売買契約書一通(同押号の四八)

判定第二の事実につき

一  被告会社の法人税確定申告書謄本(検甲第一二号)

一  大畠耕治の検察官(検甲第七二号、第七三号、第七七号、第七八号)に対する各供述調書

一  滝本敏彰の大蔵事務官に対する質問てん末書(抄本)

一  押収してある請求書控一綴(昭和五二年押第七九号の四一)、東洋地所ノート一冊(同押号の四四)、東洋地所関係振替伝票一綴(同押号の四五)、東洋地所関係書類一綴(同押号の四六)、土地所有権移転登記申請書一綴(同押号の四七)

判定第三の事実につき

一  被告会社の法人税確定申告書謄本(検甲第一四号)

一  大畠耕治の検察官(検甲第七四号ないし第七六号)に対する各供述調書

一  押収してある請求書控一綴(昭和五二年押第七九号の一七)、売買契約書六綴(同押号の一九、二〇、二二、二五、二七、二八)、売掛金回収入金帳一冊(同押号の三四)、振込受取代金取立書一綴(同押号の三五)、代金取立手形受託通帳一冊(同押号の三六)

判定第一、第二の事実につき

一  大畠耕治の検察官(検甲第七一号)に対する供述調書

判定第二、第三の事実につき

一  被告人雑賀和男の検察官(検乙第一一号)に対する供述調書

一  押収してある領収書控一綴(昭和五二年押第七九号の一六)、売買契約書(同押号の二四)

(双方の主張に対する判断)

第一検察官主張の要旨

一  本件公訴事実の要旨

被告人株式会社東洋精米機製作所は、和歌山市黒田一二番地に本店を置き、精米機等の製造販売を業としているもの、被告人雑賀和男は、同会社代表取締役で会社業務全般を統轄しているものであるが、被告人雑賀和男は、同会社の業務に関し、実弟雑賀慶二及び同会社総務課長大畠耕治らと共謀の上、法人税を免れようと企て、

1 昭和四四年四月一日から昭和四五年三月三一日までの事業年度において、所得金額が二八六〇万八六一六円で、これに対する法人税額が九四一万一〇〇円であるのにかかわらず、公表経理上売上収入の一部を除外してこれを架空名義の銀行預金等にし、不正の手段方法を弄して所得を秘匿したうえ、昭和四五年六月一日和歌山市湊通一丁目一番地所在の和歌山税務署において、同税務署長に対し、所得金額が八八八万六九八七円で、これに対する法人税額は二五〇万七四〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税額六九〇万二七〇〇円を免れ

2 昭和四五年四月一日から昭和四六年三月三一日までの事業年度において、所得金額が八二一〇万八九五九円で、これに対する法人税額が二九五〇万三四〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正な手段方法により所得を秘匿したうえ、昭和四六年五月三一日前記和歌山税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一一四七万六二三六円で、これに対する法人税額は三五四万六二〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により同事業年度の法人税額二五九五万七二〇〇円を免れ

3 昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一日までの事業年度において、所得金額が一億七〇一六万二七〇五円で、これに対する法人税額が六一八〇万六〇〇〇円であるのにかかわらず、前同様の不正な手段方法により所得を秘匿したうえ、昭和四七月五月三一日前記和歌山税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三七九〇万七九〇二円で、これに対する法人税額は一三二〇万二二〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同事業年度の法人税額四八六〇万三八〇〇円を免れ

たものである。

二  被告会社について

被告会社は、昭和三六年一一月一日和歌山市毛革屋丁二二番地に資本金二〇〇万円で設立され、昭和三九年四月に増資をして資本金三〇〇〇万円となり、会社本店を同市黒田一二番地に移転し、さらに昭和四七年六月には東京都中央区銀座五丁目に営業所を開設したものであるが、その主たる営業目的は精米機、撰穀機及び自動包装機等の製造販売であり、被告人雑賀和男は、同会社設立の当初から同会社代表取締役に就任し、同会社における各業務を統轄している。

三  法人税ほ脱の概要

1 捜査の端緒

被告会社は、昭和四四年三月自動包装機(パッカー)を開発し、商品化に成功して以来売上が急増し、販売も全国に及び営業も盛況を極めているにかかわらず同会社の法人税申告所得額は従前と大差ないことから大阪国税局において調査摘発を開始し、昭和四七年八月三日査察に着手し、被告会社本店内から仮名定期預金証書二六九口(預金合計二億六九四〇万円)、仮名預金に使用した印鑑八二個、仮名預金明細の裏帳簿一冊、簿外現金入出金明細の裏帳簿二冊、売上除外にかかる納品書控七冊、同請求書控三冊を、被告会社東京営業所長雑賀富弘居宅から昭和三九年度ままでの簿外現金及び簿外預金の明細を記入した裏帳簿一冊を押収するに至った。

2 法人税ほ脱の手段本法について

本件法人税ほ脱の手段方法は、被告会社製品及びプラント工事等の売上除外を行い、よって得た売上金を仮名の定期預金にして秘匿していたもので、その具体的内容は次のとおりである。

a 精米機、撰穀機、混米機

昭和四三年ころから、被告人和男及び同人の実弟で被告会社製品につき特許権等を持つ雑賀慶二らの指示により、被告会社総務課長大畠耕治が売上を除外し、かつ仮名定期預金を保管する任務を担当していたが、いずれを除外するかについてはその売上先によって決め、井上商会、戸瀬商会、岡田商会、稲田商会等個人経営の零細な販売業者で帳簿組織を欠くものを主としてあらかじめ定めており、その外帳簿組織のある得宮商事株式会社については、右大畠が同会社代表取締役宮本高敏との間において、売上除外の日時、台数、金額等を打ち合せ、両会所の帳簿記入に齟齬を来たさないようにしていた。

b 自動包装機(パッカー)

自動包装機は、被告会社が昭和四五年二月商品化に成功し、同年三月六日から同月八日にかけて東京晴海の貿易センターで新製品の展示会に出品したところ好評であったので、そのころ東京の宿舎において被告人及び慶二との間において販売先のうち返品の可能性のないところ、技術レベルの高度なところ、製品稼働率の低いところについては被告会社の公表売上とし、右の条件を満たさない販売先については簿外売上とする旨謀議し、大畠に右の旨指示し、以後大畠において販売先の状況によって公表分と簿外売上分を分類処理した。

c 売上除外の内容

各期にかかる各機種の売上除外された製品台数と公表帳簿に記載された販売台数は次の別表のとおりである。

〈省略〉

d 簿外売上の経理処理、代金回収

公表売上、簿外売上とも納品書、売上伝票、請求書等を作成するが、公表売上分については経理担者がこれを処理し、簿外売上分は、大畠が納品書を作成して経理担当者に提出せずにこれを保管し、販売先に請求書を送付し、指定の振込銀行に仮名の普通預金口座を設定して同口座に振り込ませ、後に同口座解約のうえ払い戻し金を仮名の定期預金として秘匿保管した。現金や小切手等で回収した分については大畠が販売先によって公表と簿外の売上区分をして処理していた。

四  所得税、法人税額、ほ脱額

売上除外金額確定の後、簿外経費等の実態を明らかにする帳簿等を照合し、財産増減法により所得を確定した。

よって各期における被告会社の法人税は脱税金額は左記のとおりである。

〈省略〉

五  不正行為、故意について

被告人和男が大畠や慶二と共謀し、所得の大半を無記名定期預金等にして秘匿し、脱税したのは前記のとおりであるが各期における法人税確定申告書は、被告会社経理課長滝本敏彰が、同社の公表帳簿に基いて試算表、損益計算書、貸借対照表を作成し、その決算内容を遂一被告人和男に報告し、申告所得金額につき同人の決裁を得たうえ右の各期の確定申告書を作成提出しているもので、被告人和男において申告所得金額は会社製品等の公表売上分による所得金額に限定していることを認識していた。

六  弁護人の主張についての反論

1 被告会社と慶二間の技術開発契約について

弁護人は、前記仮名預金等の簿外資金が、被告会社と技術開発契約を締結している雑賀慶二の所有する試作品、改良品の売上にかかるもので、慶二に帰属するものである旨主張する。しかし、被告会社と慶二間の右技術開発契約に基き慶二所有に帰する「試作品・改良品」の範囲は、同契約締結の経緯、関係者の供述、一般業界における通念等から当該機種について新開発のため試作され、若しくは量産後その本質的機能向上のため改良された当初のテスト用の一号機(本件においては手造り機)を指するものである。ところが本件簿外売上の対象となった製品はいずれも会社製品として販売されており、会社製品として販売された製品中に右契約上の「試作品・改良品」が多数包摂されているとの主張は右契約の不当な拡大解釈であり弁解のための論義にすぎない。

したがって、本件公訴対象期間中に開発された自動包装機のP三〇〇、P五〇〇、P五四〇デラックス、P六〇〇、P一二〇〇の各一号機は試作品に、製品本来の機能に変化を及ぼすような改良を加えた上、被告会社において改良品として宣伝販売したP三六〇デラックス、P五四〇カスタムの各一号機は右契約上の改良品にそれぞれ該当すると認められるが、その他の精米機、撰穀機等の新機種の各一号機は主として部品の取換えやモーター数の増大を図ったにすぎないもので本質的な性能に変化を招来するものではない。又、その他主張される改良点もユーザーからの「クレーム処理」でありいずれも前記契約上の「試作品・改良品」として慶二所有となるものではないことは明らかである。

2 大阪国税局協議団裁決について

被告会社は、同会社の昭和四〇年度ないし同四三年度の法人税につき、和歌山税務署からたな卸除外があるとして更正決定を受けたのに対し審査請求をし、簿外預金は慶二の試作品の売上であると主張し大阪国税局協議団裁決においてこれが認容されたことを本件に援用して簿外預金が慶二所有のものである旨の根拠にする。しかし、右は、対象とされた簿外預金額が二六〇万円と比較的少額でかつ最終事業年度に仮名預一の入金がなくなっていたこと等から慶二により開発された製品が試作の域を脱したと判断した上での決裁であり、本件とは前提を異にし論拠となり得ない。

3 和歌山税務署の昭和五五年七月三日付異議決定について

慶二と被告会社の関係を調査せず、単に和歌山税務署が租税徴収権の時効による取立不能を回避するため、慶二の昭和四九年度の所得税について簿外預金等が慶二の試作品売上の所得と認める方針のもとにされたもので、実体的真実発見を放棄してなされた右和歌山税務署の処理は本件に影響を及ぼすものではない。

4 無題ノート(検甲第二三一号の原本)について

無題ノート原本は、大畠が被公会社の簿外預金の明細を記入していたものであるが、本件起訴後間もなく和歌山地方検察庁保管時において紛失したものと認められる。しかし、右ノートの読み切り作業を担当した国税査察官松浦義雄の証人尋問調書、右ノートのコピー複写にあたった同小畠需の証言や、他のノートの証拠品の原物三点(検甲第一〇九号、二四〇号)の形態を総合して判断すると被告人ら主張の如き記載及びはさみ込み資料の存在しなかったことは明白であり、慶二から被告会社に対する「協力金」支払の事実が昭和四七年四月以降にある旨の主張も、同ノートの記載内容が昭和四七年四月以降のものであることにあわせて事後的に虚構されたものであり、右無題ノート原本紛失は本件公訴事実に何ら立証上の影響をもたらすものでなく、弁護人の主張は失当である。

第二弁護人の主張の要旨

一  被告会社に売上除外があるとされる点について

1 本件起訴にかかる被告会社の売上除外とされるものは、昭和三九年八月三日付の被告会社と慶二間の技術開発に関する基本契約(第九条)により慶二の所有に帰属する「試作品・改良品」の売上げによるものであって、元々被告会社の売上に属さず、その売上除外ではない。

2 仮名預金の形で保管したのは、右「試作品・改良品」の性能が安定するまでは購入者に返品される可能性も高いので慶二の確定的所得とすることができないので(慶二が一応購入者からの預り金として)大畠に依頼してその販売代金の管理をゆだねていたことによる。

3 「試作品・改良品」を会社名義で製品と同様に販売した理由は、精米機関係の機械は玄米から白米に至るまで各種の米を大量に必要とするところ、被告会社において右の米を入手、実験することは事実上も、食糧管理法上の制約からも不可能であったので、現地テスト以外に方法がなく、当初はユーザーに無償で試作品を提供してそのテスト結果を得ようとしたが、無償のためか真剣な苦情申立なく、欠陥があると未使用のまま放置されるなどテストの目的を果たせなかったので、ユーザーに試作品、改良品である事を知らせず会社製品として販売し、欠点についての苦情申立に対して慶二が個々的に調査・研究して対策を講ずることにしたからである。

4 右のとおり「試作品・改良品」をユーザーに会社製品として販売後、その性能が安定したと慶二が認めたとき、性能安定の度合いに応じて慶二は会社に対して「仮認容」若しくは「本認容」の許可を与え、「試作品・改良品」と同一構造、内容の製品の量産、販売を認めているが、これは会社と慶二の内部の取り決であり、対外的な販売方法等に変化を生じるものではない。又、元来慶二所有であった試作品、改良品が右の「仮認容」ないし「本認容」により会社所有に変化するものでもない。ただ、会社が右の「仮認容」又は「本認容」を待たずして試作品、改良品と同一構造の機械を量産、販売している場合は、慶二との間の契約違反問題は生ずるが、製造、販売された機械そのものの所有権が会社に帰属するのは当然のことである。

5 右記慶二と会社の取りきめは、自動充填計量包装機(パッカー)の製造、販売については異なった内容となっている。即ち、昭和四四年一一月八日当時精米機業界でパッカーの開発、販売を競っていたので、慶二は被告人和男の依頼を受けて協議し、販売先が技術的に髙度の力を持ち機械返品のおそれがないと認められるところや実際には機械を使用しないが補助金目当てのためだけに看板的に購入、設置する買主に限り、会社が自ら技術上の責任を持ち慶二に技術上の責任を負担させないとの条件のもとに、試作段階で慶二の「仮認容」、「本認容」のいずれの許可もないパッカーを会社が製造販売するのを肯認した。右の協議は昭和四五年三月六日前記基本契約第一〇条に基づき以下のように変更された。(一)販売先の技術者の技術の程度が今までより低くても販売を認める。(二)会社は慶二所有の試作品(テスト機)を販売し、そのテスト機の性能が将来安定したと慶二が認めたとき慶二から会社に対しその協力度に応じ協力金を支払う。(三)テスト機が交換されたとき、交換機の機械は会社所有とする。

6 プラント工事についても慶二と被告人和男の右記昭和四四年一一月八日の協議により、「プラント工事は慶二が行い、全責任を持つこと。但し、プラント中に会社製品が含まれていてもすべて慶二の所所有とする。」旨約定された。その理由は、プラント工事は大規模な米穀店などが 精米機、混米機、撰穀機など一括購入し、その配置、配電などを被告会社において設計、施工するものであるが、会社が当初受注したプラント工事に失敗し、慶二のプラント工事実施の技術力を必要としたため、プラント工事売上製品をすべて慶二所有にして利益を与えるかわりに会社は慶二のプラント工事実施の技術を修得し以後自力でプラント工事請負い可能の技術力を得ると同時に会社名でプラント工事の実績を積む形で両者が利益を得る旨の合意がなされてことによる。

二  検察官主張の誤りについて

1 協議団裁決

被告会社は、棚卸し資産の除外、売上除外を理由に和歌山税務署から青色申告承認の取消(昭和四〇年度)、法人税の更正及び重加算税の賦課決定(昭和四〇年度ないし四二年度分)の処分を受けたが、右各処分に対する審査請求をした結果、協議団において、昭和四五年三月一三日右各処分を取消す旨の裁決が下された。しかるに右売上除外とされた内容は本件公訴事実同様主として試作品、改良品の機械であったところ、右裁決の理由骨子は、(一)新規に新機種を開発し、販売の軌道に乗せるため試作品製作は当然であり(二)試験的に試作品の試験、試用依頼も容易に考えられ(三)試作品の所有権は慶二にある旨の契約が会社と慶二間に存し(四)請求人(被告会社)は、慶二に試作品開発製作に対する報酬を支払っていないうえ、慶二は(被告会社)の従業員でもないから給与の支払いもない。(五)したがって(試作品の)売上代金として仮名預金に入金された入金分を請求人(被告会社)の売上除外と断定した原処分は失当というに帰する。

ところで、右審査請求の直接の対象となった売上除外の額は一八七万八六三九円であるが、協議団の審査内容は改良品の改良点の説明を求め実地調査を遂行するなど、試作品、改良品の調査を踏まえての実質を有するものである。よって、裁決当時と同内容の試作品、改良品についての被告会社の会計処理は当然合法であり、このことは、右裁決直後、慶二において和歌山税務署に赴き、試作品、改良品の販売代金について預り金として一たん処理し、機械の性能が安定した段階で慶二の確定的な所得として申告してよいかと相談し、その通りでよい旨の教示を得て、以後同教示に従って申告していることからも明らかである。

2 無題ノートの紛失

被告人らは、本件公判当初から「無題ノート」(検甲第二三一号原本)に、弁護人主張の被告会社と慶二間の取決内容の記載や協力金支払の約定等のはさみ込み資料が存する旨主張し、提出を検察官に求めていたところ(昭和五一年一一月二九日付弁護人の意見書等)、昭和五七年二月検察官から右ノート紛失の釈明を受けた。しかし、右ノートは、慶二の仮名預金の明細、納品された試作品等についての性能安定の有無、性能安定が確認された機械の販売代金を慶二の確定的な収入とする一方、会社に協力金を支払うことの約定記載があり、本件の公訴対象各年度における仮名預金が慶二に帰属することを明白にする弁護側の最良証拠でかつ、他に代替の証拠(物証)がないものである。検甲第二三一号は右ノートの写しとして提出されているが弁護人主張の記載やはさみ込み資料部分がなく原本と同一性を欠くものであり、原本を紛失した検察側にその紛失の責任が帰せられるべきで弁護側の主張が真実であると認めるべきである。

3 弁第二七号(各種製品、パッカー、プラント工事について会社と慶二間の協議メモ)の原本不提出について

検察官の冒頭陳述では、「パッカーについて、昭和四五年三月頃、東京の宿舎で被告人と慶二が簿外売上の謀議をし、大畠にその旨指示した」旨の記載があり、同主張立証のためには、弁第二七号の大畠メモが最良の物的証拠である筈なのに、弁護人の請求に同意せず、自らも証拠として提出しない。検察官の主張が証拠に基づかない起訴であることが右の一点からも明らかである。

4 慶二は、前記無題ノートが検察官から返還されず自己の所得申告についての資料が欠如していたので和歌山税務署に教示を申し出、同税務署から昭和五五年三月に、慶二の昭和四九年度分の所得税決定処分の異議調査を通じて回答がなされたものであるが、その内容は、(一)試験機(試作品、改良品、テストプラント)の売上金額は慶二の売上として処理する。(二)売上計上は、発生主義の原則により製品等を販売した時点とする。(三)右試験機の売上に対し、慶二が会社に支払う販売等の協力費はその売上に対応する金額を必要経費に算入するというものであり、昭和五五年七月三日付異議決定において右のとおり処理された。右処理に際しては和歌山税務署で十分調査が尽されていることは当然である。ところが、同年一一月一四日付更正決定で同税務署は右異議決定を取消し、試験機の売上が会社に帰属する旨の更正処分をしたが、これは税法上も認められない違法な決定であり、検察官の圧力によってなされたものと考えるほか理由ない処分である。

三  以上のとおり検察官の主張は認められず、被告人らは無罪である。

第三当裁判所の判断

本件における争点は、検察官において、当該事業年度における仮名預金等の簿外資産は試作品(改良品を含む)と認められる自動包装機(パッカー)七台分の代金額を除いた大部分が被告会社の売上除外とするのに対し、被告人らにおいては、右簿外資産は被告会社と技術開発契約を締結している雑賀慶二(以下慶二という)に帰属する試作品、改良品及びプラント工事の売上分(預り金)と主張するところにあるので、以下判断する。

一  技術開発契約について

1 右契約の存在

昭和三七年ころから同四四年ころにかけて被告会社の顧問税理士をしていたという須賀院良蔵は、被告会社と慶二間に昭和三九年八月三日付で技術開発に関する契約が締結された事実も、またその契約書が存在していた事実も全く知らないと供述し(検甲第二四八号)、証人高橋敏朗も、同人が昭和四三年の被告会社の法人税所得に対する税務調査を担当した際、右契約書を提示されたことも、試作品、改良品が慶二の所有に属する旨の主張がされたことも記憶にないと述べているところ、被告人らが主張するように、右契約が、被告会社と慶二の間において、技術開発料の支払や製品(試作品、改良品)の所有関係を定めるものであって、それぞれの所得額の多寡に重要な影響をもたらすというものであるのなら当時その契約書ないし契約内容が取沙汰されない筈はないということから、右契約書がその作成年月日ころに真正に存在していたかどうか擬念の余地がないわけでもない。

しかしながら、被告会社は、昭和四〇年度から同四二年度までの三年間につき売上除外等があるとして昭和四三年一二月二八日和歌山税務署から法人税の更正決定等の処分を受けたことに対し、昭和四四年五月二四日大阪国税局に審査請求をしているが、その際の提出資料として既に右契約書は添付されているばかりか、大阪国税局は右審査請求に対する裁決で、右契約書を根拠に、売上除外とされたものは被告会社に帰属しないとまで結論していること(弁第三号ないし第一二号)、並びに右契約を締結するに至った経緯として、慶二は、実父の雑賀秀夫の経営する雑賀米機店に長く勤務していたが、昭和三六年に撰穀機の開発を機に同店が株式会社東洋精米製作所に組織替えになると同時に同社の技術部長として新製品の開発、研究、技術指導を担当するなどその前身時代から通じて被告会社と深い繋がりもあったところ、昭和三九年八月同社を退社したものの、その後は同社と関係のある精米機器の研究、開発を自由に継続したいがため、試作品、改良品を慶二の所有とすることなどを含んだ技術開発契約を改めて被告会社との間に締結したというのであるが(検甲第一六三号 一六四号)、その供述は自然で理由も十分納得されるものであることなどからすると、技術開発に関する前記契約書がその作成日付である昭和三九年八月三日当日から存在し、その内容どおり(弁第六号)の契約が被告会社と慶二の間に締結されたことを認めないわけにはいかない。

2 右契約の内容と効力

(一) 契約書の規定内容

右契約書の規定するところを眺めると、その前文において甲(慶二)と乙(被告会社)間で技術開発に関し次のとおり契約を締結するとしたうえで、一〇条にわたっての規定が設けられているが、枢要部分として、第一条、甲は乙より依頼を受けた製品について研究、改良、試作、試験及び調査等を行う。第二条、乙は甲に依頼した事項について必要な材料費、外注費等を負担し、併せて工作機具を提供する。第三条、乙は甲に対し前条以外の事柄についても甲より申し出があり必要と思われる事について協力を行う。第五条、乙は甲に対して技術、開発料としての報酬は発明考案等の実施料として支払う事とする。第一〇条、技術開発について本契約の各条項外の問題が生じた場合は甲、乙が協議を行い取り決める。とするほか、本件に密接に関連する条項として、第九条において「試作品(改良品を含む)の所有権は甲(慶二)のものとする。但し、改良品について、その目的を達せず改良以前の構造に戻した場合はその時点において試作品とみなさない。」と定められている。

そして、右契約書に規定されている各条項及びその全体をみてみても、右契約に通謀虚偽表示その他の無効原因を見出すことはできず、試作品(改良品を含む)の所有を材料費等を負担する乙(被告会社)でなく甲(慶二)にする旨の定めも、それが契約当事者の合意である以上そのこと自体に何ら異をさしはさむ余地もない。

しかしながら、本件にあっては、右試作品、改良品の意義、範囲がまさに争点の中心というべきところ、右契約書に規定する限りでは特段その定義づけはなされていないことから直ちにはその概念が明確にならないが、結局は、契約当事者の真意に基く意思の合致が客観的にどのようなものであるかを、まずは契約書に規定されている文言の常識的な解釈を基盤にしたうえ、契約成立の経緯、契約当事者の利害関係、その後右契約に依拠しての契約当事者の事実行為等の付随的状況を参酌しながら吟味探究しなければならないものである。

ただ、契約の解釈に当っては、一般的には契約締結時における契約当事者双方の共通の認識がその後の法律関係を規律することになるのは当然であるが、その後の事情の変更に応じ、契約当事者双方の改めての合意があったと認められるような場合には、ある契約条項について当初の認識を越えた解釈をその契約内容とすることも、それが規定の文理的解釈の範囲を逸脱しない限り、一種の契約の改変とみて契約自由の原則からあえて禁じられるものと思わないのであるから、本件技術開発契約の効力も右の観点からの検討も行なわなければならない。

(二) 右契約書第九条所定の試作品、改良品の意義

(1) 業界における一般的通念

東京電気大学理工学部教授長広仁蔵は、同人作成の鑑定書中で、「(一)新製品開発過程の中でいう「試作品」とは、新製品開発または改良品を開発する目的でテスト用として設計図面に基づいて試作される一ないし数台の試作品のことで、「新製品の試作品」と「改良品の試作品」の二つがあるこれらの試作品につき、途中で発見した不具合事項を対策しながらテストを繰り返し行い、最終的に完成した「新製品の試作品」及び「改良品の試作品」が商品となる新製品或は改良品の原型すなわちプロトタイプと呼ばれているものであり、同じく改良品とは、「改良品」の試作品すなわちプロトタイプの図面に基づいて販売を目的として量産された商品のことをいう。」と定義し、本件契約でいうところの試作品は「新製品の試作品」のことであるが、同契約にいう改良品とは「改良品の試作品」のことであって商品としての「改良品」を含まないと解釈すべきものとする一方、同人の証言(昭和五八年一月二〇日付証人尋問調書)においては、単にユーザーのクレームに基づいて量産品の一部を手直しするがごときはいわゆるクレーム処理であって改良品とまで呼ばないのが普通だが、ユーザーが指摘する不具合部分をその現場で改良するというのではなくて、その後の製品一般の性能向上を図って当該部分に改良を加えた製品を改めて作り出したような場合それも改良品といえなくもないとしたうえ、前記契約書第九条所定の「改良品」の中には右にいうクレーム処理や小改良といわれる程度のものまで含まれているかどうかは非常にデリケートな問題であるとも供述する。

(2) 契約当事者間の認識

ところで、契約当事者である被告会社代表者雑賀和男及び雑賀慶二は、試作品、改良品の意義に関して次のとおりにいうのである。

被告会社代表者雑賀和男は、試作品とは新機種、新形式の商品を企画した場合直接販売を目的としないでテスト用として製作される手造り品、改良品とは既に販売している製品について改良テストを目的として製作される手造り品であり、それらの商品化、改良化の目途がつき量産に入った以後の規格品とは区別される。また、製品本来の性能に変化を及ぼすような改良を加えた場合には改良品として宣伝販売するが、製品を使い易くしたり、計量をより正確にするなど製品にとって当然の改良についてはそのようなことはしていない。通常の場合、試作品、改良品は一、二台で足りていたからこれらを慶二の所有としても会社として大した出費にならないと思って同人の希望に応じて契約した。

これら試作品、改良品もテストを目的として販売しているが、売買代金は規格品と同じにし、改めてテスト依頼もしていない。それは安い値段で売ったりするとテストに必要な情報が得にくかったことによるものである。試作品、改良品の意味については、機械の分野にたずさわる者としては常識として当然知っている事柄であるから、その定義について慶二と論議したこともなく、台数について話し合ったこともない。(和男の昭和四八 四月一九日付、同月二六日付各検面調書)

雑賀慶二は、試作品とは、新規に製品を開発する場合テスト用として試作されるもので手造りの製品であり、改良品とは、二つの場合があり、その一つは前述の試作品のテストの段階において試作品とは別個に改良を加えて製作することがあり、次に試作の段階から製品化の段階に移り、それらの製品が市販された過程において種々改良すべき点が出てくると従来の機種を母体にしてテスト用の製品を作るが、これも改良品と呼んでいる。改良品の定義だが、従来の機種を母体として作用効果を高めるために製造された製品と考える。

(慶二の昭和四八年四月一八日付検面調書)

(3) 契約締結時における試作品、改良品の概念

以上、右契約が締結されるに至った経緯、被告会社顧問税理士が同契約の存在さえも知らなかっ事実、契約の規定内容、業界における一般的通念、契約当事者の認識等を総合すると、右契約締結時に契約当事者が同契約第九条に定める試作品、改良品として認識し合意していたものは、そのいずれも新機種と呼ばれる製品ごとにせいぜい一、二台程度のもともとユーザーヘの販売を予定しないテスト用として製作された手造り品であり、それはまさに、前記長広鑑定にいうところの「新製品の試作品」、「改良品の試作品」と概念を同じくするものであったとみるのが相当である。

ただし、契約第九条の規定を設けた趣旨は、慶二が自由に研究開発をするについて支障のないようにするためのものであって、試作品、販売品を他に販売して慶二が利益を挙げることを予想したものとは考えられないこと、右規定自体も、「試作品(但し改良品を含む)」としたうえ、その但書で、「改良品についてその目的を達せず改良品以前の構造に戻した場合はその時点において試作品とはみなさない」旨定め、全体として試作品を中心にした記載の仕方になっていること、一般的にみても、新製品もしくは改良品の試作品をテストしようとするのであれば、まずは製作者の手許で各種テストを行ない、それで足りなければいわゆるモニターに試用させその成績を報告してもらうことで十分にその実が挙げられるものと思料され、また、その場合のテスト機は当然少数台数に限定されることからその所有を慶二のものとしても被告会社の収益全体に大きな影響を与えないということが被告会社代表者の契約締結の動機となっていたことを認めていること、右の前提をもって始めて被告会社顧問税理士の契約に対する無関心振りも肯けることなどによって優に前段の結論を導くことができるものというべきものである。

二 試作品、改良品に関する弁護人の主張

ところで、弁護人は、右契約に基く試作品、改良品に関し、主として慶二の捜査段階や公判段階での供述を基にして、次のとおり主張するのである。

すなわち、慶二の所有に帰属する試作品、改良品というのは一般的な意味でのそれでなく契約上のものであるが、慶二が被告会社から依頼されテストを目的として同人自身が製作したものを指称し、被告会社が製作したものまで含むものでない。但し、試作、改良件数は少なく本件起訴の対象となった昭和四四年四月一日から同四七年三月三一日までの期間の台数は五〇〇台を越えるが件数が多ければ試作品、改良品の数も多くなって当然である。

試作品、改良品についてはその性能テストをしなければならないが、精米関係機械のテストは、大量の米を必要とする関係上現地テスト以外に方法はないとさえいえるところ、慶二は当初いわゆるモニター方式で試作品、改良品を無償でユーザーに提供して使用してもらったものの、所期のテスト効果が得られなかったことから、結局は、これら試作品、改良品をユーザーにそれとは知らせず、通常の会社商品と同様の方法で会社が主体となって販売することにより、ユーザーからの真剣な欠陥についての苦情を待ってテストの効果を挙げることにしたのである。

その場合、慶二所有の試作品、改良品の販売とはいえ被告会社名義の販売とならざるを得ないので、被告会社とは別に会社名義の普通預金口座を設けてこれに右試作品、改良品の代金を振り込んでもらい区別を明確なものにした。しかし、販売形式をとったとはいえ、本来がテスト目的のもので性能も不安定であるためいつ返品がありその代金を返還しなければならないことになるかも知れないから、性能が安定した段階で確定的な収入があったことにし、それまでは受領した代金を「預り金」と考え、その保管方法としてこれを仮名の定期預金としていたものである。

慶二が、試作品、改良品を製作するについては被告会社から材料費等の提供を受けるほか販売、集金、保管等の協力を受けることになるが、これに対しては、販売代金が確定的な収入になったものについて慶二から被告会社に協力金を支払うことにしており、これまで昭和四七年以降三回にわたって約三億円を支払ったが、これは材料費等の原価及びテストに対する協力費に相当するものである。

三 試作品、改良品の販売とその法律関係

1  試作品、改良品の販売の有無

本件契約締結当初契約当事者において試作品、改良品を販売することまでを予定していなかったとみるべきことは前述のとおりであり、慶二自身も始めのころのテストではモニター方式を採用していたことを認めているのであるが、やがてそれでは所期のテストの効果が得られないとして改めて試作品、改良品をユーザーに販売することにしたという事実は、慶二の所有するそれら製品を、テスト目的という一方でユーザーにその依頼もせず、被告会社が販売主体となって通常の会社製品として同じ価格と方法で販売したというものでそれはテスト販売といいながら甚だ特異な態様のものであるだけに直ちには信用もしがたく、関連の諸状況を総合してその事実の有無及びその法律関係等十分の吟味を要するものである。

そこで以下慶二の所有に属する試作品改良品の販売と主張するところの簿外売上の内容、簿外売上にかかる製品、保管、販売、これら製品の特性と販売先、簿外売上の代金の回収方法、経理処理の仕方、簿外資産の管理運用状況等を眺めてみるのに、関係各証拠によって、次の諸状況を認めることができる。

(一)  被告会社は、昭和四四年ころから、同社が販売する精米関係機器の一部について被告会社の公表売上(A分)と分けて別個の売上(B分)として処理することとし、同簿外売上は、被告会社総務課長大畠耕治が同社の経理担当者を通じないで納品書を作成し請求書を販売先に送付したりしたうえ、指定の振込銀行に仮名の普通預金口座を開設して製品代金を同口座に振り込ませたのち、直ちにこれを解約し、その払い戻し金を今度は仮名の定期預金にして保管していたが、本件起訴対象年度中の被告会社の売上のうち、公表売上分と簿外売上分の各販売台数は、ほぼ前記検察官の主張の要旨第一の一のCに記載した別表どおりであって、簿外売上分は公表売上分と対比して台数、代金額とも相当の割合を占め、その概況は、全年度を通じ、自動包装機(パッカー)公表八一台、簿外九七台(全体に対する簿外分比率約五四%)、精米機公表一二四五台、簿外一二五台(同約九・一%)、撰穀機公表三二九台、簿外一九三台(同約五・八六%)、混米機公表一一一八台、簿外九四台(同約八・四%)となっており、簿外売上分はその台数、代金額並びに全体に対する売上比率ともにかなり多いことが知られる。

(二)  弁護人の主張に従うと、右簿外売上にかかる製品は、すべて慶二が製作し同人の所有に属する試作品もしくは改良品ということになるわけだが、「試作品、改良品は被告会社工場の一区画を借り切って、製作、保管していたものであり、発送も被告会社売上分とは厳に区別していた」とする慶二自身の供述はともかく、他にこれを裏付ける被告会社関係者らの供述証拠はないばかりか、逆に、被告会社の工場内で試作品等を製作しているところを見たことがなく、、また、製品の保管、発送に当って、試作品、改良品を会社商品と類別したようなこともない旨の被告会社従業員らの供述がある。

(橘弘由の昭和五七年一一月一八日付証人尋問調書、宮本昌和、吉田民生、上本洋子の各検面調書)

(三)  簿外売上の製品は、ユーザーに対し、被告会社の製品として同社が売主として通常価格で販売しており、それが試作品、改良品であると断ることもしなければ、何らのテスト依頼も行なっていない。従って簿外売上分の買主側としても、その買入製品は被告会社の商品と思い込んでいる筈で、これに不具合があった場合でも被告会社に対して売買契約上の瑕疵担保責任などを追求してくることはあっても、いまだ性能不安定な未完成の試作品、改良品だからという理由での返品をしてくることはあり得ず、現に簿外売上分についてそのように返品された形跡も見当らない。

(四)  右簿外売上にかかる製品の製作に当り、その原材料及び労働力は被告会社が提供し、また、その保管、販売、発送、備付け等いわゆる営業費に属するものも、被告会社名義の販売形式による関係上、すべて被告会社の負担となっている。

(五)  簿外売上にするか公表売上にするかの区分についてはパッカーに関し、納入先が看板的に設置するところであるか、オペレーターが技術的に優れていて返品のおそれがないなどのときは公表売上とし、それ以外の、技術が低かったり機械の駆動率が高い先へのものは簿外売上とし、精米機等その他の機械に関しては、予め選んだ特定の販売店に対する売上や新規代理店で製品に慣れていないのでトラブルが予想される先への売上を簿外に扱うなど、製品自体の特性よりか販売先の事情によって公表と簿外を分けていた実状が窺われるうえ、同一機種の製品がそれぞれ公表と簿外に売られたり、また、同一機種数台が同時に一つの販売代理店に売り込まれたりしている事実もみられる。

(六)  被告会社、慶二らは、卒直なテスト結果を得るため、ユーザーに対し、製品が試作品、改良品であることを秘して簿外の販売を行なったというのであるが、それがためその販売先から製品に対する苦情の形にせよ格別のテスト結果が得られたという具体的実績については証拠上何ら明らかにされていない。

(七)  簿外売上による製品の代金は、仮名普通預金口座から改めて設定された仮名定期預金口座に移されて保管、運用されていたが、その仮名定期預金口座は八八口にも及び、その簿外預金の通帳や印鑑、また右簿外預金から購入した債券等の証書類は、被告会社総務課長の大畠耕治が管理、保管していたが、被告会社に対する本件査察時において右通帳等在中のアタッシュケースは同社工場内の機械置場に置かれていた。

更に、右簿外預金の使途をみるのに、一部は被告会社のため費消され、あるいは関連不動産会社東洋地所株式会社設立に際して慶二以外の者ら名義の出資金にも充てられている。

(八)  簿外売上分は慶二所有の試作品、改良品の売上と主張するが、経理処理上、これらは慶二の所得に計上もされていなければ、被告会社において慶二からの預り金や借入金としても計上されておらず、いわば宙に浮いた形の資産となっている。

さて、以上認定の諸状況に基いて判断するのに、本件契約当事者である被告会社と慶二は契約締結当初試作品、改良品を販売ルートに乗せることまで予定していなかったが、やがてその性能の実施テストのためユーザーに対して会社商品としてこれを販売することにしたということ自体は、その販売に供せられる試作品、改良品が既に述べた新製品もしくは改良品の試作品の範囲に限定されるのであれば、その台数も少なく従って全体として被告会社の収支に影響することも小さいことから、決してあり得ないことでもないと推量されるが、簿外売上(B分)の製品全部が慶二の所有に帰属する試作品、改良品であると言い分になってくると、その数量、代金額ともに被告会社の公表売上に対比して余りにも多く、新機種、改良件数が増えれば試作品、改良品の数も当然増えるという説明だけではにわかにこれを納得しがたく、これら製品の販売が、対外的には専ら被告会社が主体となって行なわれ慶二自身は買主との売買関係で表面に立つことはないという実態を含む前記諸状況を総合して判断すば、簿外売上の一部に慶二の所有に属する試作品、改良品が含まれているだろうことまでは否定できないにしても、その簿外売上の製品全部が慶二に帰属する試作品、改良品であったとは認めにくく、簿外売上のうちの相当部分は本来被告会社の売上(公表)に計上されるべきものが除外されていたことの疑いは濃厚である。

すなわち、被告会社代表者和男は、本件契約を締結するに当り試作品、改良品の帰属を慶二に定めたことはまずその台数は少なかろうから会社の出費としても大したことにはなるまいとの打算があった旨を述べているが、もし簿外売上分の製品全部を慶二所有ということにすれば、その原価に相当する材料費、営業費等の一切を被告会社が提供することになっている契約の立場上、そのための出費は技術開発費等先行投資分とみるにしても常識を越えて多額の負担となり、たとえ和男と慶二兄弟の間柄にあっても、被告会社代表者である和男が会社財産の恐意的処分を行なったと非難もされかねないような内容の合意があったとみなければならないことになるが、これはいかにも不自然であること、テストの目的をもつて顧客には試作品、改良品であることを隠しあたかも会社の規格品であるかのように装って販売したというのであるが、効果的なテスト結果が欲しいとなれば、やはりその機器のチエックポイントごとに長短所を問わない性能検査が必要と思われるのであって、そのためにはいわゆるモニター方式によるテストこそ最善とみられ、あえてこの方法を捨ててユーザーに通常の販売を行ない、予めテスト依頼もしなければ後日の調査さえ行なわないまま、ユーザーの側が一般買主の立場で進んでクレームを申し出てくるのを待つだけというのでは、果してテストとして実効性のある情報が得られるかどうかに多分の疑問があること、試作品、改良品のテスト機をそれとは明かされないで売りつけられたユーザーの側では、たとえ機器に不具合があったとしても、それが我慢ならない程の欠陥でなければ、機械本来の低性能の故と締めてわざわざクレームの形をとって売主まで苦情の申入れまでは行なわないことも十分に予想され、そのような不確かで漠然としたテストのために簿外売上に含まれる全台数程の多数の機器がすべて試作品、改良品として製造され販売されたとみるのはいかにも常識はずれであること、公表、簿外の売上の区分は、製品自体の特性によるよりか販売先の事情に基いていることが知られるが、このことは製品のテスト目的とまさにうらはらといわざるを得ないこと、なお、同一機種の製品が同時に公表、簿外に分けられて販売されていた事実について、慶二は、試作品、改良品は慶二の目でその性能が安定したと判断し被告会社にその量産許可を与えて始めて同一構造機が会社の規格商品となり得るのであって、このことを認容と呼ぶが、改良品の場合にあっては、既に母体となる従来機器について性能安定度が得られているので、慶二が早い段階で、性能上ほぼ大丈夫とみて被告会社に量産販売することを仮に認容するときがあり、また、パッカーについては、右のような認容、仮認容というのでもなく、商機を重視する被告会社から他社に先がけて発売したいという強い要望があったことから、例外的に条件付でいまだ試作段階にあったパッカーを被告会社が製造、販売することを許可したこともあるなどと説明するのであるが、認容の事実はともかく、既に量産販売を許しても良い程に性能が安定している改良品についてわざわざ仮認容という半端な基準を持ち込まなければならないことの必要性は乏しく、パッカーに至ってはただ被告会社から強い要望があったというだけの理由でいまだ試作段階にある製品の量産販売を許したというのではその基準さえもないことになり、慶二が供述するように試作品、改良品は会社の量産商品とは別に製造、保管、販売、発送等行なっていたという事実が、被告会社関係者らによって確証されることがない本件にあっては、被告会社の商品として販売された簿外扱いの製品がすべて慶二の所有に属する試作品、改良品と認めるに足る証拠はなく、その中には被告会社の量産商品が相当数混在していると推認せざるを得ないこと、更に、簿外売上にかかる代金の保管の仕方や運用の状況を眺めると、もともと誰に遠慮することなく慶二の所有と主張できる試作品、改良品の代金とするには余りに姑息な手段、工作を講じ過ぎているとみないわけにいかず、またその使途も釈然としないところ国税局の査察時には前記大畠らが右簿外資産の隠匿を図ったとしかいいようがない行為に及んでいることなど右簿外売上分の全部がもともと慶二の資産として堂々主張できるものであったとはみなしにくい状況が存在すること(この点について慶二は、簿外売上分の製品の性能が安定したと判断するまでその代金は顧客からの「預り金」とみるべきものであるが、後記説示のとおり論外の言い分というべきである。)等からして、おのずから前項の結論に到達せざるを得ないのである。

そして、当裁判所として任意性に疑いがあるとはみない被告会社代表者和男の本件査察着手当日である昭和四七年八月三日付大蔵事務官に対する供述調書によると、本件起訴対象年度中被告会社の裏金作りのため不正に売上除外をして裏預金を作った旨右の結論に符合する自白を行っており、他にも被告会社の販売代理店の一つである株式会社得宮商事代表取締役宮本高敏は、その検面調書において、前記大畠から売上除外をすることを持ちかけられ現金払いをしてくれるユーザーの分について応じた旨被告会社の売上除外を裏付ける供述をするなど前記簿外売上が被告会社の売上除外に結びつくものであることを更に根拠づけるものである。

2  試作品、改良品の販売の法律関係

ところで、右簿外売上の製品のうち相当数は被告会社の商品であることが推認され、これらの売上を公表からはずして簿外扱いしたことが被告会社の売上除外に当ることは前説示のとおりではあるが、他方で、簿外売上のうちには前記契約によって慶二の所有に帰属すべき試作品、改良品がなにがしかはあり(検察官においてもパッカー七台についてこれを是認している)、それらが広い意味でのテストを兼ねて販売に供せられたものであることもまた認めないわけにはいかない。

ただし、被告会社が扱う精米機器のうち新規開発もしくは改良の各機種のいわゆる一号機といえるものは、もともと契約によって慶二に帰属するとされた試作品、改良品とみるべきものであろうし、更に各機種について複数の台数が試作品、改良品に加えられることさえないとは限らないところ、被告会社商品でさえ簿外売上にしようとする中でこれら試作品、改良品が簿外売上に含められない筈はないからである。

そうだとすると、テストのため慶二がとったという販売方法、つまり本来は慶二所有である試作品、改良品を顧客には被告会社の製品として被告会社が売主となって販売し、願客はその代金を被告会社宛に支払う関係を法律的にどのように解すべきかを検討し、併せて顧客が支払った代金の帰属を明らかにする必要がある。

案ずるに、その関係は、「慶二(本人)は、被告会社(事務処理者)に自己所有にかかる試作品、改良品の販売を委託すると同時にその販売代金は慶二に帰属することを被告会社が承諾し、被告会社は、右委託の趣旨に則って自ら売主として右試作品、改良品を顧客に販売し、買主たる顧客は被告会社に対してその代金支払の業務を負うが、その支払を受けた被告会社はまたこれを慶二に給付しなければならない。」というものであって、いわゆる「間接代理」の法理が適用される場合とみるのが相当であろう。

そして、テスト目的の都合によるというのではあるが、買主たる顧客に対しては製品(売買目的物)が慶二所有の試作品、改良品であることを一切明かさないというのであるから、背後にある本人の存在を知らない買主としては現在的な売主に対してだけ通常の売買契約上の権利、義務があるのであって、たとえ製品の真の所有者だったからといって慶二との間に何の契約関係も生ずるものではない。

してみると、テスト目的といいながら慶二所有の試作品、改良品が被告会社の手で販売され少なくとも買主からその代金が支払われた時点では、確定的に慶二の所得が発生しているのであって、売買目的物がテストを目的とする試作品、改良品であったことは右所得の発生に何の消長をきたすものではない。

この点につき、慶二は、右委託販売にかかる試作品、改良品の売上代金として顧客から支払われた金員は、右試作品、改良品がいつ返品されるかも知れないのであるから、その性能が安定し返品のおそれがなくなるまでは買主に返還を予定した「預り金」であり、慶二自らが技術的にみて右性能が安定したと判断した時点で始めて所得が発生することになるのであるから、慶二が右の認定を下すまでは被告会社、慶二のいずれにも申告すべき所得はない旨主張するのであるが、試作品、改良品の販売代金はその支払を受けた段階で確定的に慶二の所得が生じたものとみるべきことは前述のとおりで、自らの都合で委託販売の方法を選択しておいて本人の存在を知らない買主に対して自分側の一方的思惑から既に被告会社との間で有効に成立した売買契約の内容と異なった法律効果を主張できるわけがないことはいうまでもなく、しかも所得の発生時期は慶二が主観的に性能安定の判断を下したときとする誠に当人にとって好都合な理屈は、甚だ寄抜であり荒唐無稽ともいうべきものである。

被告会社との話合いのもとに慶二がその所有物件を他には被告会社の製品ということにして売却し買主からその代金も受け取ってしまっている以上、慶二が改めてその物について何の権利の主張もできなければ買主に対し何の負担を負うわけのものでないことはむしろ常識的な理解といってよく、買主より支払われた代金は直ちに慶二の所得に計上すべく、その所得を将来の出費に備えて蓄財するのは勝手だが、そのためにその代金が「預り金」となって所得の発生をみないなどという言い分はことさらの強弁としてならいざ知らず、主張する当人自身でさえ事実そのように思い込んでいたとも信じがたい程である。

前記のとおり売渡した試作品、改良品の売買契約上の義務を直接負担するのは売主たる被告会社であって、それも契約上販売後一年間を越えては既に返品の可能性はなくなり、現実にも期間を問わずほとんど返品事例を聞かない本件にあって試作品、改良品の性能安定未だしとしてその返品の場合に備えて資金を用意していたとは到底考えられないところである。

もしかりに、簿外売上分がすべて慶二所有の試作品、改良品の販売代金ということになれば、これらは被告会社の売上除外にならない代りには、少くともその代金の支払を受けた時点では慶二個人の所得に計上すべく、そのときには被告会社からの協力ということで提供された原価を構成する費用分を含めすべて慶二の収益にいったん計上されることはやむを得ず(後日協力金名目で相当額を被告会社に還元したといってもそれはその時点で清算されなければならないことになろう)、他方被告会社としては、試作品、改良品の製作に協力して無償で提供した材料費、営業費等は自社の技術開発のための研究費として損金扱いで経費に落す経理処理も考えられようが、その場合に損金扱いが認められる研究費の金額は社会通念上おのずから相当とされる限度があるのは当然で、たとえ契約当事者間だけの話合いで契約上の試作品、改良品とする製品の枠を拡げその製品全体の所有を認める合意をするようなことがあっても、右相当の限度を越えて慶二に出損した部分があると認められれば、その出費分は研究費、技術開発費としては否認され、慶二に対する無償贈与とみなされる場合さえもあり得よう。

その関係からいえば、かりに本件簿外売上分が慶二の所有に属する試作品、改良品等の売上としてすべて同人の所得に認められたとしても、それはこれら製品の販売によって挙げた収益を被告会社のそれでなくて慶二個人のそれとして直ちに所得申告して納税する限り、全体的には脱税はおろか節税の効果さえ生じそうにもないのであるが、それが慶二において主張するように、右簿外売上は「預り金」であると称し、いってみれば慶二自身がそれを所得と宣言した時期と金額の範囲で始めて慶二の個人所得になるという立場を貫いて、その間製品の売買代金の支払である簿外売上について所得の申告もしないということになってみれば、その主張が前説示のとおり法律上も事実上も何の根拠も認められないためにそこには脱税工作の存在を疑われてもやむを得まい。

四 簿外売上分中の試作品、改良品の特定

以上検討の結果、当裁判所としては、本件簿外売上の中には、前記契約第九条所定の慶二に帰属するとされる試作品、改良品が一部含まれる一方被告会社自身の製品も相当数売上除外されているものと推認するほかないのであるが、果してそれらのものが証拠上具体的に特定し区分できるかどうかの点は改めて吟味してみなければならない問題である。

まず、簿外売上中に含まれる各製品の機種、種類をみてみるのに、第六二回公判調書中の被告人供述部分添付の一覧表や慶二の各検面調書等によると、次のとおりである。

イ  自動包装機(パッカー) P300、P360、P360DX、P500、P540、P540DX

P540カスタム、P600、P1200

ロ  精米機 CM30、CM40、CM252、F7、F10、F20

ハ  混米機 TC5、TC10、TC15、TC30

ニ  撰穀機 AA-2、AA3、BA2、BA3、BA5、BCA2

E1、E2、E3、E5

検察官は、右のうち新製品開発のための試作品、改良品とみなすべきものはパッカーの各機種ごとに一台づつの合計七台のみに限られ、それ以外の精米機、撰穀機、混米機の新機種とされるものは、従来の量産品の部品を取り替えたり、モーター数を大きくしたりした程度のものであり、また、パッカーに加えられている種々の改良は、構造の簡素化、機械操作の簡易化、部品の改良といった部分的なものであって、いずれも「製品にとって当然の改良」とみられ、ユーザーからのクレーム処理として量産品に手を加えたものに過ぎず、製品の本質にかかわる大幅な改良とは認められないから、これらが試作品、改良品と認められないことは明らかであるというのであるが果してそうであろうか。

そこでまず、右簿外売上に関連する状況を各関係者の供述でみてみる。

1  パッカーについて

(一)  慶二の説明

和男が昭和四四年末ころ私にパッカーを会社に売らせてくれと余り頼むので、納入先のオペレーターの技術のしっかりしているところや看板代りに据えつけるところに限って会社が売ることを承諾した。そのため私が製作する試作品、改良品と会社が製作する機械が一諸になって区別できなくなった。大畠に指示して返品がないと自信が持てるところは会社の、そうでないところは慶二の売上とするように取扱わせた。(昭和四八年四月二七日付検面調書)

(二)  和男の説明

昭和四四年八月ごろ慶二にパッカーについての開発協力を依頼し、会社が製造販売するについては、技術レベルの高いところ稼働率の低いところとすること、その他の業者には慶二の了解なしには販売しないことなどを約束した。東京晴海の展示会があった昭和四五年三月六日ころ慶二に会社販売の条件を緩めてくれと頼み、同年五月ころからはロット生産に入った。(昭和四八年四月二〇日付、同月二五日付、同月二六日付各検面調書)

パッカーについては揺鑑期にあり、欠陥も多くてユーザーからのクレームが続出したため改良に次ぐ改良を重ねていた。慶二に対する改良依頼がひんぱんで慶二所有の改良品の比率は高いものとなった。当時「パッカーを制するものは業界を制す」と言われ、会社としてもシエアーのナンバーワンになりたいと思った。先行投資としてやむを得ず将来は必ず回収できると考えた。昭和四五年ころ東京の本郷の旅館で慶二に会社の販売制限を緩和してもらう協定を結び、慶二から会社に協力金を支払うという話もあった。

(公判供述)

(三) 大畠の説明

パッカーの販売の多数を簿外にしたのは社長と慶二の指示による。昭和四四年一一月ころ社長室で、社長が慶二にパッカーを会社で売れるようにしてくれと頼み、慶二は「技術的な面で協力するが、パッカーは完成品的な感覚でやって貰わなければいけない。オペレーターの技術がしっかりしているところ、パッカーを看板的に設置する先は返品のおそれがないので会社の売上にしてもよい。」と承諾した。その後昭和四五年三月東京晴海の発表会があった際、旅館で社長が慶二にパッカーには商機があるので大々的にここで売り出したいから条件を緩めてくれと申入れ、慶二もこれを承諾した。基準について具体的な指示はなかったが、会社の売上にするかどうかの判断は私に任され、私が返品されるかどうかで区別していた。(昭和四八年四月二七日付検面調書)

(四) 田村昌弥(工場長)の説明

パッカーは製造を始めてから昭和四七年三月末ころまでに約二六五台販売しているが、一号機の試作品以外は全部順次改良されているのですべてが改良品と思う。

昭和四五年ころ大畠からA、Bの区別があることを聞いた。大畠が返品の可能性が大かどうかで区別していた。すなわち販売先の運転技術が高度であればA、そうでなければB、機械の使用状況が苛酷な場合はBというような基準を設けていた。(昭和四八年四月一九日付検面調書)

(五) 上村洋子(事務員)の説明

会社には裏帳簿(B勘定)があった。簿外売上のうち、精米機、混米機については売上先が特定していたが、パッカー、プラント工事、大型精米機の売上については大畠に聞いていた。パッカー以外の機械には製造順に番号を打ってあるが、パッカーには打っていない。簿外のものも公表のものも機械そのものに変わりない。注文の機械は出荷し易いところにあるのを荷造りして発送していた。B勘定の代理店へ送る場合会社や慶二からの指示はない。(昭和四八年五月一六日付検面調書謄本)

2 パッカー以外の機械(精米機、撰穀機、混米機)について

(一) 慶二の説明

試作改良品を売る代理店はどこでもよいわけではなく、技術程度の高い特定の代理店(一〇軒足らず)に限っていた。他にも、製品に馴れておらずトラブルが起るおそれがあるところ、技術的に強くうるさいところなど簿外売上にした販売先もある。具体的に簿外売上にする代理店をどこにするかは私と大畠が一諸になって決めた。(昭和四八年五月一二日付検面調書)

(二) 大畠の説明

昭和四三年ころ慶二から「戸瀬商会、井上商会、岡田商店」に販売する分は会社の売上帳簿とは別に記帳してくれ、こういう店には試作改良品を売るからと言われた。その後慶二から小泉商会ほかについてB勘定にするよう指示された。

パッカー以外の機械の販売にあたり、三〇台から一〇〇台と大量生産されているのに戸瀬商会等の代理店の売上をB勘定にしていた。私は出荷係に特定の指示をしていないので、どのようにして送っていたか知らない。パッカー以外でB勘定にした製品が代理店を通じて最終需要者の誰に行くかについて会社では分っていない。最終使用者に報告を求めたり調査したりしていない。売上価格はA分もB分も差異はない。(昭和四八年四月二七日付検面調書)

(三) 磯式部(工場長補佐)の説明

機械の量産後も慶二は少しでもよい性能の機械にしようと常に研究しているので次々改良を加える。時にはお客のクレームで改良することもある。改良機については改良部分だけを従来の機械に取りつけて試運転する場合がほとんどであり、改良部分だけを量産するようになれば既に成功したということなので、その後その改良部分をつけた機械は厳密な意味で改良機とはいえないが、普通はこれらも従来の機械に対して改良機と呼んでいる。機械の型式名は改良の程度が大きければ変更するが、小さいものはもとのままである。(昭和四八年四月一九日付検面調書)

(四) 亀岡寛治(取引先会社社長)の説明

昭和四六年六月ころ前に買っていた精米機を下取りし全くの試作品(発売前のもの)であるF-10型を持ってきたので、要望に従っていろいろテストして報告してやったことがある。(大蔵事務官に対する供述調書)

などということである。

さて、試作品、改良品についてのこれまでの検討結果に右関係者らの各説明を併せて考察すると、次の各事実、すなわち、パッカーについては、慶二が昭和四三年ころ新規に開発した新機種は業界でも注目される重要な戦略製品であり、需要も多く一方でクレームもつき易く、慶二もいくつか新製品を発表するとともに新たな工夫を加えた改良品も次々と製作し、これら新製品、改良品に製造番号も付さないで販売に供していたこと、やがて被告会社からの強い要望に応じて慶二においていまだ試作品と呼ぶ機種の製品と同一種類、構造のパッカーのロット製造と販売を条件付とはいえ許可したため、同一製品といえるものが被告会社の公表と簿外に分けて同時的に販売される事態を生ずるに至ったこと、パッカー以外の機械(精米機、撰穀機、混米機)については、新製品の試作品がユーザーにモニターテストを依頼して販売されたこともないのではないが、大部分は量産後の改良品と呼ばれる製品を予め指定した販売代理店に販売した場合に簿外売上の取扱いがされていたことなどが認められるところ、契約当事者である被告会社代表者和男及び慶二は、簿外売上分の製品はすべて右契約第九条に基き慶二の所有に属する試作品、改良品だと主張するのである。

だが、簿外売上とした製品のうちの相当数は被告会社の製品であり、その売上を被告会社の公表からはずして簿外扱いにしたことが被告会社の売上除外になるとみるべきことは既に結論したとおりであるが、他方、右のような簿外操作を共に承知のうえで行なっていた契約当事者である被告会社代表者和男と慶二の内心を付度してみると、前記契約によって慶二の所有に属するとされる試作品、改良品は、必ずしも契約締結当初に認識していた概念に限定することなく、テスト目的で、試作品、改良品を販売することにしたという事情の変更を踏まえて、解釈上なお試作品、改良品とみなすことができる製品についてはこれをも契約上の試作品、改良品と扱うことで、税金対策をも兼ねて被告会社の売上除外を図ろうとすることもないわけでもないと思われる。

この点に関し、慶二は、「新製品開発に際して試作品を作る場合異なった条件の下でテストをする必要がら数台試作品を作ることがある。ただ量産後の機械の改良についてはそれが取りはずし可能部分の一部だけの改良を加えた場合でもその機械全体の所有権は自分のものである。なぜなら一部の改良であっても機械全体の性能にかかわるものであり、改良の結果如何では、返品なり交換に応じる態勢を自分で決定できる体制を必要と考えるからである。」(昭和四八年四月二六日付検面調書)と述べており、同じ立場に立つことも明らかにしている。

もっとも、右のような措置も、結局は製品売上の所得が誰に発生するかということであって、その所得が正しく申告され納税されるのであれば全体的にみて何ら節税にもならないことは先に指摘したところであるが、これは一応別問題である。

右の前提に立って、改めて簿外売上分の中に慶二所有の試作品、改良品がどれだけ含まれるか、あるいは逆に少くとも試作品、改良品とは認められなくて被告会社の売上除外とみなすことができる製品を特定して指摘することができるか確かめてみなければならないが、結局、次のようにいわざるを得ない

すなわち、簿外売上にかかる機械全部が試作品、改良品だとする言い分は、これまで検討してきた諸状況に照らして非常識であって到底これを認めることはできないのであるが、かといって試作品、改良品をテスト目的で販売に供したという主張は、最少限試作一号機と目される製品が含まれているだろうことからいってもこれを全面的に否定するわけにもいかず、また試作品、改良品の範囲も前記の事情に応じて契約当事者間で改めて拡大した解釈をすることも予想されないでもなく、簿外売上にかかる製品中試作品、改良品とみなされるものがパッカー七台だけにとどまるものとも決めつけにくい。

パッカーについては、新機種ごとの試作品が数台あったという主張を否定し切れないほか、開発途上の製品ということでその都度改良が加えられていたとする言い分も、製造番号を付さないままで販売していたという事実とも相まって、それが性能向上のため重要でなかったとして排斥することも困難であろうし、またパッカー以外の機械(精米機、撰穀機、混米機)についても、新製品の試作品が全くなかったとも断定できず、改良品と呼ばれるもののなかにも、少くとも機種名の変更があった分についてはその構造ないし性能に相当の改良がほどこされたとみざるを得ず、その他のものについても個々に改良箇所を見分してからでないとそれが改良品というに値するものかどうかを見分けることはできない。

ところで、検察官作成の実況見分調書によると、一応簿外売上にかかる機械を実際に見分して改良箇所を調査しているのであるが、その対象機器はパッカーを除く精米機、撰穀機、混米機の一部台数に過ぎないが、その結果は、一台の撰穀機について改良の有無が不明とするほかはそのいずれについても改良箇所有りと検認されており、それらの改良が当該機器の性能向上等にどのように影響するかまでは分明でないにしても、他の簿外売上分の製品について捜査官側の見分を行なったことの様子もみられない本件にあっては、簿外売上とされた製品のうち慶二の所有に属する試作品、改良品の全部をこれと指摘して取り上げることは困難であるが、反面、それが契約上の試作品、改良品に当らないと具体的に特定して被告会社の売上除外分と認定するのも証拠上不十分とせざるを得ない。(ただ、被告会社代表者和男の側からいえば、試作品、改良品の範囲を広げることは、一方でその材料費、営業費等に支出する分だけ会社財産を減少させる行為であり、果してそのような不利益を甘受することがあるだろうかという疑問もないわけではなく、この点慶二の側で、後日試作品、改良品の性能が安定したと判断した段階で被告会社が出捐した材料費に相当する金額を協力費として返還することにしていたと主張し、この事実を明らかにする資料が無題ノート(検甲二三一号の原本)であるというのであるが、これに関しては次項で検討する。)

五 無題ノートの紛失と立証への影響

弁護人は、右無題ノートの原本には、慶二の仮名預金の明細のほか納品された試作品等の性能安定の有無等の記載がなされていたほか、同ノートには前記協力金支払の約定のはさみ込み資料があったもので、本件起訴の対象となっている仮名預金が慶二に帰属することを明らかにする最良証拠であったため被告人は、本件起訴直後から担当検察官に対し押収物である同ノート原本の閲覧を再三申し出ていたのに、検察官はこれに応ずることなく、挙句はこれを紛失したとして代りに原本を忠実にコピーしたものと称して「写し」(検甲第二三一号)を提出し、証人小畠需をして右無題ノートには弁護人主張のような記載やはさみ込み書類はなかったと証言させているが、本件において右「写し」でもって原本に代替させることはできず、原本抜きの右証言が信用できないのはもちろん、右無題ノートの紛失の責任はもっぱら検察官が負うべきものである旨主張する。

よって案ずるに、公判審理の経過と検察官の釈明によれば、右無題ノートの原本は、もともと被告会社に保管されてあったものを大阪国税局が押収したのち和歌山地方検察庁に引き継がれてあったところ、本件起訴後である昭和四八年七月一〇日ころ被告人からの閲覧申請があった際これが見当らず、その後検察側において極力点検捜索を繰り返すも現在に至るまで遂に発見することができなかった経緯であり、結局、検察側の落度によってこれを紛失したものと認めないわけにいかない。

ところで検察官は、右無題ノート原本と同一内容の記載がある大阪国税局査察官が作成した「写し」が存在するとしてこれを証拠に提出したうえで、弁護人の主張を的はずれであるかのように反駆するのであるが、「写し」が直ちに原本を代用するかには問題があり、たとえば裁判所等中立的立場にある者その職責に基いて謄本もしくはこれに準ずる写しとして作成したような場合なら他に特段の事情もない限り両者の同一性を肯認するに十分であろうが、本件のように、法人税法違反の捜査に直接たずさわっていた国税査察官がこれを作成し、起訴後にその原本の方は紛失したとされているよう場合において、その同一性をにわかに認めるわけにもいかないのである。

そこで、その「写し」を作成したとされる小畠需の証言(昭和五七年六月二八日付証人尋問調書)及び「写し」の記載内容自体を検討してみると、まず両者の同一性につき、右小畠は、「写し」は記載があるぺージやはさみ込み資料についてはすべてコピーしたし、そのコピーしたときノートに番号や丁数が打たれてあったかどうかはっきりしないが、自分でその記入をした覚えはなく、コピーを閉じる順序をたがえたりしたことはないと供述するのであるが、右コピーの一〇枚目、一一枚目、一二枚には丁数が五、六、七と打たれているのに内容的なつながり具合からみるとそれは一〇枚目、一二枚目、一一枚目と続くのが正しいものと思われ、また、コピーの各葉間にある小畠の契印は、同人がコピーを作成した昭和四八年四月ころに押捺したものでなく、これをいったん検察官に送付したのち本件起訴後の昭和四九年五月三一日ころ検察官から送り返されてきたコピーにその求めに応じ原本との照合を行なうこともないまま契印したものであることを小畠自身が答えていることもあって、果して右「写し」がその原本と同一であるかどうか疑問なしとしない。

更に検察官は、右無題ノート原本の内容は本件起訴対象年度後である昭和四七年四月以降の預金明細が記載されていたもので本件公訴事実に関する証拠には役立たないかのように主張し、小畠の前記証言もこれに符合するものであるが、右「写し」の内容からは明らかに昭和四六年四月以降昭和四七年三月までの分の預金明細に関する記載がなされていることが読み取られ、現に、大畠の検面調書(昭和四八年四月二三日付、同月二六日付)中には、右無題ノート原本に基いて本件起訴対象年度分の定期預金等について説明を求められており、検察官自身において当初の冒頭陳述段階で右無題ノート原本を証拠として掲げていたこともあるなど、右無題ノート原本が本件公訴事実に直接かつ深く関係する資料であったことは明白である。

以上のとおり、検察側はその責に帰せられる立場にあって本件公訴事実の双方の立証に密接に関係があると推量される証拠物を紛失したものであれば、そのことによる立証上の不利益は自ら負担しなければならず、まず、原本に代えて「写し」によって自己に有利な事実を立証しようとすることは、その「写し」の同一性に多少とも疑問がある場合には許されないとされることは当然であろう。

かといって、採証法上の推定規定もない以上、右紛失の事実によって、弁護側が右無題ノート原本で立証しようとする事項つまり本件において簿外の仮名預金が全部慶二に帰属することまでを進んで推認させる効果まで生ずるとも考えられないのであるが、少くとも他の証拠(たとえば慶二の証言)と相まって右無題ノート原本には協力金支払に関する何らかの資料が存在していたのかも知れないといった程度の疑問が生じてくることはまたやむを得ない。

そして被告会社代表者和男と慶二の間に協力金の約定があった場合、その内容の如何によっては両者の間にどの範囲の製品を試作品、改良品として扱い、どの限度で原価分の償還を行なおうとしているかが判明する場合もあり得るのであるが、その点はいまだに不明だとしても少くとも和男がテスト目的ということで慶二の所有に属させる試作品、改良品を数多く認めるようになったという主張を支える一状況とはみなされることになれば、結局、簿外売上分の製品について試作品、改良品と被告会社の製品との分別が不可能とする前項の結論を維持するほかはなく、本件起訴対象の各年度中の各簿外売上にかかるパッカーを始めとする個々の製品としての精米機器の販売によって得られた所得については、これを全体的に被告会社の売上除外と認定するに由ないこととなる。

六 プラント工事の簿外売上代金の帰属について

次に、前記簿外売上の中には、被告人において試作品、改良品とするパッカーほかの個々の精米機器以外に、いわゆるプラント工事の売上代金も含まれているのであるが、弁護人は、これをも慶二の所有に属するものとし、その根拠として被告会社は一度大規模なプラント工事に失敗したのちその指導を慶二に依頼し、昭和四四年一一月八日、被告会社代表者和男と慶二の間で協議した結果、「プラント工事について技術的に会社ですることが困難なものは慶二が行ない、慶二が全責任を持つ。但し、そのプラントの中に試作機以外の製品が含まれてもすべて慶二の所有とする。」旨が取決められ、以後右取決めによって慶二が指導してこしらえたプラント工事が右簿外売上にされているものであって、その代金はすべて慶二に属する。右の協議は一見莫大な利益を慶二にもたらすようにみえるが、被告会社としては慶二の指導を得てその技術を修得することができ、また、工事を被告会社名ですることによって将来のプラント工事に大事な実績を得るというメリットがあるものである。その協議内容は、大畠耕治がノートにメモとして記載しており、これは押収されて検察官の手許にある筈だが不当にも証拠として提出するのを拒んでいる旨主張し、和男、慶二、大畠らの公判供述や検面調書中には右主張に符合する供述部分もみうけられる。

しかしながら、プラント工事に関する右取決めを行なったとされる一方当事者の和男は、昭和四八年五月一六日付検面調書において「慶二が技術援助をしたプラント工事の収入を慶二のものにするという話は聞いた憶えがない。但し、そのプラント工事の中に慶二の開発した試作品、改良品があればそれは慶二の所有だからその物件については田村専務と慶二との間でどのようにするか話合いが行われるかも知れないが、私は現在までのところ誰からも相談を受けた覚えがない。」旨を明確に供述していて、その供述は、既に慶二が捜査官に対し、「私が技術指導したプラント工事の売上金は私のものとする約束があった。一寸技術的な指示をしたくらいで数百万円もの報酬をもらうのはおかしいと考えること自体私にとっては心外である。」(昭和四八年四月二八日付、同年五月一一日付各検面調書)旨明らかにしたのちの日時に検察官から確認的に尋ねられたことの答えとして述べられたものと推量されるところ、プラント工事というのが、もともと被告会社にとってはその売上の全体利益を大きく左右する高価な商品であり、これが相当割合で簿外売上扱いにしていることは当然承知してのうえで何の留保もなしに述べられているだけに、その信用性は極めて高いものとみざるを得ず、これが前記弁護人の主張に抵触し、同時に前記慶二らの公判供述等の信憑力を大きく減殺することはいうまでもない。

おもうに、プラント工事とは、単なる精米機器の販売にとどまらず、各種の機器の組合せとその付帯工事からなる大規模な一体としての設備の設計、施行をいうものであり、いつてみればユーザーの特別発注に応じて製作される一貫設備のオーダーメイド商品とみるべきもので、これを構成する個々の機器はその全体工事の中に素材として組み込まれて独立に取引対象とはならないものであるところ、その代金額はときに千円単位にも及ぶ巨額になることもあって、製品個々の販売とは比較にならない大きな収益が期待されること右プラント工事は、それぞれが特別仕様による大きな試作品ともみなし得るものではあるが、もちろん将来の量産とは関わりがない一発勝負的な工事であって、後日補修などがあるにしても、一般の試作品、改良品のような返品の事態が起ることは予想されないこと、従って、当該工事を引き受けその資材を提供し労働力を投入することになる売主の側にとっては、まさに失敗が許されない重大な取引となる筈であること、本件の場合、慶二が右のような内容のプラント工事の技術指導をしたいというだけで、同人にその売上利益全部を与えてしまうという取決めをするというのは、試作品、改良品の場合とは違ってその必要性が全く認められず、かりに弁護人がいうようなメリットが被告会社にあったにせよ、利害の均衡を余りにも失しており非常識極まりないものであること、試作品、改良品の所有権の帰属に関しては前記契約書中の条項に明記もされているのに、被告会社が売主となって施行したプラント工事売上による多額の収益を忽ちの見返りもないまま全額他人に与えてしまうような取決めが、文書による明確な契約として約定されないというのはいかにも不自然かつ不可解であること、取決めがあったことを明らかにするものとして大畠メモの存在をいい、一方でこれを裏付けるかのごとき大畠ら関係者の公判供述もあるのであるが、その大畠は捜査段階で右メモに触れて何も言ってなく、もともと右取決めの内容の重要性からすればこれが単なるメモの程度にとどめられているということには不審の念を禁じ得ず、果してこれが作成日とされる当時から存在していた資料であるかどうかに疑念が残ること等から判断すると、右簿外売上に含まれるプラント工事の代金を被告会社が慶二に帰属させる取決めがなされたとは到底考えられないのであって、右代金相当額は本件起訴対象年度分ごとに被告会社の売上除外と認めざるを得ない。(なお、右プラント工事中に慶二の所有とされる試作品、改良品の精米機器が含まれる場合がなくもないが、前述のとおり、これらはプラント工事を部分として組成する材料とみるべきものであって、被告会社を売主とするプラント工事全体の売買契約の中で顧客に対して個々にその所有権を主張できるものでなく、被告会社との間で別個清算すべき事柄である。)

七 結論

以上検討のとおり、検察官が被告会社の売上除外と主張する簿外売上のうち、パッカー、精米機、撰穀機、混米機の各製品としての売上分は、これが全部前記契約第九条所定の慶二の所有に属すべき試作品、改良品と認定するわけではないが、そのうちから機器を特定してしからずとするだけの証拠にも欠け、結局は、その両者を分別することが不可能であるがため全体として被告会社についての所得のほ脱を明らかにし得ないものの、プラント工事の売上分については、明らかに被告会社の売上除外と認められるので、これら本件起訴対象の昭和四四年度から昭和四六年度までの被告会社の公表所得にこれらほ脱所得を加えてほ脱税額を算定すれば別表税額算出表のように計算されるのである。

(法令の適用)

被告人雑賀和男の判示各所為は、いずれも、刑法六〇条、行為時においては昭和五六年法律第五四号

(脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律)による改正前の法人税一五九条一項に、裁判時においては改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中いずれも徴役刑を選択し以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人雑賀和男を懲役五月に処し、情状により、同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、被告人株式会社東洋精米機製作所の判示各所為は、いずれも昭和五六年法律第五四号(脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律)による改正前の法人税法一五九条、一六四条一項に該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人株式会社東洋精米機製作所を罰金一〇〇〇万円に処し、被告人雑賀和男及び被告人株式会社東洋精米機製作所の訴訟費用のうちその二分の一は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

被告人らの本件犯行の経緯、内容は前示の認定のとおりであり、被告会社の簿外売上と認められる範囲は結局証拠上明白なプラント工事関係に限られるものと判断されるが被告人らの本件犯行は右慶二らと共謀の上会社の裏金作りを企てて計画的、継続的かつ組織的に行われたものであり、その手段方法は試作品改良品の預り金という独自の考え方を持ち込んだ特異な形での売上除外による点巧妙にして悪質であり、ほ脱金額の総計額も二〇〇〇万円を越えるが、これは一〇年を過る当時の金額として決して少なくはなく犯行発覚後も簿外売上金額についてあくまで慶二個人の所得に帰属すべき預り金であると強弁し改良の情にも格別汲むべき点もないことなどを考慮すると被告人らの犯情は芳しくなく、刑責は必ずしも軽くはない。ただ、本件公訴提起後、検察官において弁護側が自らの主張を裏付ける最良証拠として提出を要求していたいわゆる無題ノート原本を紛失するという失態もあってそれが本件審理を複雑にし、長期化させる一因となったこと、本件犯行の前後を通じて被告人らに対する行政官庁における決定や指導が一貫性を欠いたことが被告人らに脱税について罪の意識を希薄にさせただろうことも否定できないこと、本件犯行の実行は主としては被告人の実弟慶二の策謀によるものでその面から被告人の立場には多分に随伴性がみられなくもないことなどの諸事情を勘案して、被告人和男及び被告会社に対し主文掲記のとおりの刑を量定することとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浜田武律 裁判官 塩田武夫 裁判官 大谷吉史)

税額算出表

〈省略〉

〈省略〉

(税額算出についての補足説明)

前示認定のとおり、プラント工事売上中被告会社の簿外売上であると認められる額は、慶二の検察官に対する各供述調書、プラント工事関係にかかる被告会社と取引先の契約書等からその額を算出しうるのであるが、上記プラント工事売上に要した経費については検察官立証が財産増減法に依拠してなされたために個別の工事毎に明確な証拠の提出がなく、その額を直接に知る事は不可能であるが、既に事件後10年以上も経過した現段階で上記の点に関しての新らたな資料による立証を促してももはや事実上困難であり、又相当な措置とも思料されない。

ところで、本件において検察官は、冒頭陳述書添付資料である告発要否勘案協議会資料中で、各公訴対象年度毎に簿外売上の経費総額を算出して主張し、その経費額については、被告人側もこれを自認しているとみなしうるところ、上記簿外売上のうち慶二所有の試作品、改良品と被告会社の製品とを分別することができないことで全体として被告会社の売上除外とは認めることができない個々の精米機器の売上に対応する経費相当額を除いた分を上記簿外プラン工事売上に要した経費と算定することは、本件の審理の現況に即応して妥当なものというべく、この場合、上記各年度における簿外売上経費総額を基に按分計算を行なって上記プラント工事売上に要した経費を算出するのが、最合理的で被告人にも有利な推計方法と考え、

の算出方式により算定し、なお未納事業税額を控除の上、各事業年度の秘匿所得額を確定したものである。

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